2006年6月30日 (金)

リトミックで歩行訓練?

今日はリトミックの日。「今日はリトミックに行くんだよ」「今日は頑張ろうね」とユーヒに言い聞かせていると、最初はママが台所で水仕事をしていても、一人で機嫌よく遊んでいましたが、どんどん愚図りだし、泣き出してしまいました。
今日はパパのお仕事がお休みだったので、パパにユーヒの朝の離乳食をあげてもらったのですが、泣きながら食べている状態でした(汗)
あんまり泣くので、離乳食を中断してもらい、居間でおっぱいをあげるとすぐに眠ってしまったのです!もう出かける時間ギリギリだというのに…(涙)仕方ないので、ユーヒをそーっと眠ったまま車に乗せて出かけました。
で、結局、今日も遅刻(汗)しかも30分も…。
礼拝堂に入ると、志帆ちゃん&ママしかいなくて、他の人はお休みだったそうです。
着いて間もなくみんなで円になって歩いたり走ったりするメニューになりました。ユーヒは最初は眠そうにしていましたが、「ゆうちゃん、今日はあんよ、がんばれる?歩いてみる?」と何度も確認して、大丈夫そうだったので、床に降ろして両手で手を引いて歩かせてみました。ユーヒは意外にすんなりと歩いてくれて、それからずーっと手を引いて歩いていて、最後の汽車ぽっぽの曲では、手を片手で繋いで歩いたり少し早足で走ったりできるようになりました。
リトミックの先生も牧師先生もビックリしていたようでした。生後6ヶ月のときから通っていて、先生たちはユーヒがママに抱っこされている姿しか見たことがなかったので。でも本当にビックリしたのはママでした(笑)あんなに愚図っていたから、あんよはもちろん、リトミックに参加することすらできないかも…と思っていたからです。ユーヒもちょっとずつお兄ちゃんになっているんだね♪
それにしても、ユーヒはリトミックに行く前は必ず愚図ります。出かける直前にこんなに愚図ることは他にないので、ユーヒはリトミックが嫌いなのかな…?と考えてしまいます。
取り合えず、暫くはリトミックは歩行訓練の場と割り切って(笑)音楽系の習い事を俊樹おじさんにもう一度相談しようと思います。
ユーヒがリトミックを始めたきっかけは、この教会の牧師先生と兵庫のおばあちゃんが学生時代の友達だったという理由からです。果たしてその理由だけで、今後もこのリトミックを続けていいものかどうか、最近、疑問に思うようになってきています。実はリトミックに通わせることについては、以前から俊樹おじさんにはリズム感が狂うという理由から反対されていたのですが、ママはユーヒを音楽の専門家にするつもりはなかったので、今まではあまり気にしていませんでした。
今後のことは、ユーヒの様子を見ながら考えたいと思います…。

リトミックが終わった後、志帆ちゃん&ママと4人でマンマパスタでお食事しました。お食事…と言っても、いたずらしたり愚図ったりするユーヒをなだめたり、ばら撒いたお菓子を拾い集めたりしながらのお食事だったので、あまり食べた気になりませんでした(汗)

20060630_1お食事の後、うちに来てもらってゆっくり…と思ったのですが、ユーヒは愚図るし、部屋が暑かったのにエアコンを今年に入って使ったことがなかったので、点けたら埃なんかが噴出してきそうで怖くて点けられず(涙)
20060630_2 辛うじて"カラフル先生"で志帆ちゃん&ユーヒに遊んでもらい、おかあさんといっしょの「いっしょにつくったら」のDVDを見てもらって過ごしました。
次はちゃんとエアコン点けられるようにするから、懲りないでまた来てね~!志帆ちゃん&ママ!!

志帆ちゃんたちが帰った後、試しにエアコンを点けてみました。それほどかび臭い匂いがしたりしない…?帰ってきたパパに聞いてみると、時々試運転はしていたとのことでした。やっぱりエアコン点けてると、涼しい…!ユーヒにおっぱいをあげると、すぐに眠ってしまいました…。

20060630_3離乳食のときは、毎度のように立ち上がっているユーヒです(汗)
今日は夕方の離乳食の後、「ごちそうさま」が言えました!…最初の「ご!!」だけですが(笑)
手を合わせておじぎする姿はとてもかわいいですが、これをやってくれるのは10回に1回くらいです(泣)

少し鼻水が出ているのが気になります…。もしかしたら、風邪…???いきなりクーラーにやられたの???

20060630_3_1 20060630_4
朝はキャベツとトマトの粉チーズ和え&ヨーグルト×1、お昼はマンマパスタでピザを取り分けようとしたけど食べず、ほとんどおやつだけ(汗)、夕方はキャベツのトロトロ煮(1/3しか食べず)&バナナ&ヨーグルト×1でした。

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2006年3月22日 (水)

「夏の弔ひ」 立原道造

夕方、なんとなくテレビをつけていると、NHK教育で、小さな子が詩の朗読をしながら何か演技していました。
「立原道造の詩だ!」と思ったのですが、記憶があやふやで題名が分かりませんでした。ネットで調べると、どうやらそれは道造の「夢みたものは」という詩の一部のようでした。
立原道造の詩は、私が大学生のときに惹かれるところがあって、何度も読み返したものでした。彼は25歳の若さでこの世を去った、所謂「夭折の詩人」で、そういった儚さみたいなところにも心惹かれるものがあったのかもしれません。
特に私が好きだったのは、「夏の弔ひ」という詩です。

逝いた私の時たちが
私の心を金<きん>にした 傷つかぬやう傷は早く愎<なほ>るやうにと
昨日と明日との間には
ふかい紺青<こんじょう>の溝がひかれて過ぎてゐる

投げて捨てたのは
涙のしみの目立つ小さい紙のきれはしだつた
泡立つ白い波のなかに 或る夕べ
何もがすべて消えてしまつた! 筋書きどほりに

それから 私は旅人になり いくつも過ぎた
月の光にてらされた岬々の村々を
暑い 涸いた野を

おぼえてゐたら! 私はもう一度かへりたい
どこか? あの場所へ(あの記憶がある
私が待ち それを しづかに諦めた――)

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